高円寺周辺に住んでるラーメンマニアの間で、とても恐れられているというラーメン屋があるという。高円寺から徒歩10分ほど歩くと、野方というラーメン激戦区がある。
『野方ホープ軒』や『うまうま』など、いつも客が絶えないラーメン屋ばかりだ。
そんな野方ラーメン激戦区に、そのラーメン屋『昭和軒』があるという。『昭和軒』に関しての噂は以下の通りだ。
……『昭和軒』の噂。
・複数の猫が店内を徘徊している
・テーブルの下にダンボールの猫ハウスがいくつもある
・店内に巨大な仏壇がある
・店内がちらかり放題である
店に到着したのは18時。ほとんどのラーメン屋が17時ごろから開店しているので、『昭和軒』もご多分に漏れずその時間から開店していると予想していたのだが、まだ開店してはいなかった。
店内の電気が消えており、ドアも鍵かかかっていて開けることができない。しかし、何か妙な雰囲気を感じ、私は窓ガラスごしに店内を見てみた。すると、ロウソクの炎のようなユラユラとした光が見えるではないか……。
な、何なんだこの炎は!!
真っ暗闇の中にロウソクらしき炎ときたら、黒魔術か占いしか連想できない。「こ、これは本当にヤバイんじゃないの?」と本気で思っていると、私に気がついたのか、中から店主らしきお婆さんがドアの鍵を開けてこちらを覗いてきた。
筆者 あ、まだやってないのかなと思って……。
店主 20時過ぎからなんですよ。ごめんね。
筆者 わかりました。またきます。
店主 それじゃ……。
に、20時から!? 後で聞いたところ、20時から早朝4時まで開店しているという。なんだ、別に定休日じゃなかったのか。
仕方なく20時まで高円寺駅前で時間をつぶす。駅から『昭和軒』までの通り道にある『野方ホープ』や『峰』などの美味しそうなラーメン屋を見ると「なぜ私は『昭和軒』に行かなくてはならないんだ……」という疑問がわいてきたが、これも、世にも微妙なグルメを発掘する大切な文化功労の一環だと、自分を奮い立たせた(そうでもしないとやっていけない)。
20時5分、再び『昭和軒』に行くが……、まだ開いてないじゃん!!
ドアには、まだ鍵がかかっていた。しかし、お婆さんが私に気がつき、「寒いから中に入ってお待ちなさい」と優しく招き入れてくれた。なかなか優しいお婆さんだ。
店内に入ると、まず目に入ったのは猫である。ニャンコ達である。ニャンコ天国状態である。なんと、猫が5匹も店内をウロウロしていた。
どの猫も人間に慣れているせいか、見ず知らずの私が店内に入ってきても逃げようとはしない。店内はとても散らかっており、その散らかりが猫にとって棲み心地の良い環境になっているように思えた。
そして、客用のテーブルの下には、ダンボールで作られたネコハウスが数個。ここでニャンコが眠るのだろうか? ラーメンをすすっている客の足元で、5匹のニャンコが寝ている光景を想像してほしい。なんとも奇妙な光景である。
いったいどうしてこんなに猫がいるのだろうか? 詳細は後にするとして、私はとりあえず、一番オーソドックスなラーメンを注文することにした。もしこの味がまずかったら、荒れ放題な上にマズイという、致命的なヤバいラーメン屋になってしまう。それを確かめたかったのだ。
ラーメンができるまで、店内を探索してみることにした。探索とはいえ、店内は6畳ほどの大きさしかない。写真をご覧いただければ一目瞭然だが、店内にはありとあらゆる物が散乱している。
ミニコンポ、ポット、トイレットペーパー、パックに入った猫のエサ、酒瓶……と、しりとりができてしまうほど、物だらけである。まるで自分の部屋のごとく、私物が置いてあるのだ。珍しいものでは、ダイヤル式の黒電話なども放置してあった。
ストーブが2台置いてあるのも印象的だった。6畳ほどのスペースとはいえ、厨房まで暖めるとなると、ストーブ1台ではパワー不足なのだろうか。そしてついに私が目にしたのは、仏壇である。
店内には2畳ほどの畳スペースがあり、そこに仕切りの板があったので、何だろうと思い覗いてみると、そこには巨大な仏壇があったのだ。
ロウソクには炎がついていなかったが、外から見えた炎はこの仏壇の炎だったのだ。なぜ客の出入りをする店内に仏壇があるのだろうか。亡くなった旦那さんの仏壇なのだろうか?
さすがにその点については、おばあさんには聞けなかった。もし旦那さんの仏壇なのだとすれば、いつも寂しくないように、お客さんのいる店内に仏壇を置いているのかもしれないが、私には知る由もない。
開店してから20分が経過したが、まだ私のほかに客が来店してこない。もしかして、客が来ない日があってもおかしくない店なのかもしれない。
正直、これだけ雑然とした店内で、しかも猫だらけということを考えると、客が敬遠してしまうのはありえる話だ。まだ退屈そうにしていた私を見るに見かねたのか、お婆さんが謎の物を手に持って、私のテーブルにやってきた。
店主 これをお食べ。
筆者 あ、落花生ですか? あと小さなミカン?
店主 ポンカンね。ラーメンができるまでお腹がすいちゃうでしょ。
筆者 ありがとうございます!!
店主 ポンカンはそのままお食べ。
筆者 皮を剥かないでということですか?
店主 そのままお食べなさい。
筆者 あー……、そうですか。
親切心でポンカンを私に差し出してくれたお婆さんの気持ちは、とても暖かくて嬉しいものだ。しかし、お婆さんがポンカンを握ってきた手は、猫のエサや猫をいじくりまわした手ではないのだろうか……。そう思ってしまう私は酷い人間なのかもしれない。
しかし、これこそ微妙なグルメ探しゆえの体験。私は、躊躇はしたものの、ポンカンの皮を剥かずにそのまま口に入れた。本来、ポンカンはそのまま食べるものなんだけど。
筆者 非常に美味しいです!!
店主 あらそう? 良かった。
筆者 とても甘いです!!
店主 そう? じゃあもう一個あげる。
筆者 !!
店主 お食べなさい。
筆者 ……あ、ありがとうございます!!
※これはポンカンではなくキンカンだったかも。
そうこうしているうちに、ラーメンが完成。メンマやネギなど、いたってシンプルな具材の盛り付けだ。麺は中太麺といったところか。スープはとてもあっさりとしていて、まずいどころか、美味しい部類に入る。
猫と仏壇に囲まれながら、お婆さんの作った美味しいラーメンを食べたくなったら迷わず『昭和軒』をオススメする。確かにヤバい店内なのは確かだ。しかしヤバいが故に、ここでしか味わえない「コレ本当に大丈夫か!?」というスリルが存在する。
ラーメン屋にスリルを求めるのは間違いかもしれないが、『昭和軒』に行けば強制的にスリルを味わえるので、覚悟して行くべし。
ちなみに、店の出入り口に一番近い席に座ると、猫があなたに話しかけてくるときがあるだろう。それは、「このドアを開けてくれよ」という合図なので、速やかにドアをあけてやること。無視をしていると、どんどん猫がガンを飛ばしながら鳴いてくるので注意だ。
筆者 このニャンコ達はどのようないきさつでここに?
店主 この子たち、野良ちゃんだったの。なついてウチで飼っているわけ。
筆者 ああ、そうなんですかー。何歳ぐらいなんですか?
店主 このコは10歳。そしてこのコは9歳かな。このコも10歳ね。
筆者 とても長くこの店で飼われているんですね!!
店主 そうなの。でもブタ小屋よ。汚いし荒れ放題だし……。
筆者 あははは、そんなことないですよ(そんなことあるけど)。
店主 猫好きなの?
筆者 猫は好きですよ。実家でも飼っています。
店主 あらそう。都会だとマンションとかアパートじゃ飼えないものね。
筆者 そうですよねー。『昭和軒』さんには猫が沢山いると聞いて、駆けつけたんです。
店主 ウチにくると猫がいるからね(笑)。いつでも来てちょうだい。ブタ小屋だけど(笑)。
筆者 ありがとうございます!! 何匹いるんですか?
店主 6匹いるの。
筆者 あれ? ここには5匹しかいませんよ。
店主 2階で寝ているんだと思う。真っ黒のクロちゃん。クロネコちゃん♪
筆者 クロネコってかわいいですよね。
店名:昭和軒
業種:ラーメン
住所:東京都中野区野方1-53
営業時間: 20:00~4:00
定休日:無休
席数:8席
※記事内容は取材当時の情報です